第1話 見えないところほど丁寧に

私が社長を継いで間もない若い頃の話です。京都府南部のとあるビルの、建築会社による社内竣工検査に立会いました。竣工検査はとても緊張するものですが、その日の検査官は元請建築会社のベテラン技術者、検査を受けるのは、電気、水道衛生、空調、機械といった設備関連工事業者でした。

挨拶もソコソコに、検査官が「山科電気さん、この配電盤、少しこけてる(傾いている)ね」と指摘されました。私も当社の担当者も改めて見るのですが真っ直ぐです。「こけていません」と私。「いや、天地で1mm傾いているよ。下げ振り(垂直を図る測定具)を当ててごらん。」と検査官。果たして結果は、検査官の指摘通り約1Mで丁度1mmの傾きがあったのです。私は今日の検査は厳しいものになるなと覚悟しました。

その検査官は通常とはちょっと違う順序で検査を始めました。脚立に乗って天井の点検口の中へ首を突っ込み、周囲を懐中電灯で照らして長い時間見続けます。本当に長い時間が経ち、一体どんな指摘があるのやらと待っていると漸く脚立から降りて来て曰く、「電気工事はとても丁寧にしてある。見えない天井内をこんなに丁寧に施工してあるのだから、見えるところを検査する必要がない。山科電気さんの検査は以上で終わり。今日は空調、衛生をたっぷり検査させてもらうよ。」

そういえば、入社以来先代や先輩社員から「見えない所の手を抜くな」と言われてきましたが、こういう事だったんだなと合点が行ったことでした。それ以来私も若い社員達に「天井内や壁の中、地中などお客様に見えない箇所ほど丁寧に施工しよう」と伝えています。


当社では時折「伝承会」を開催し、先輩社員から後輩社員へ「技術」のみならず自分の失敗体験も含めて「心」の伝承に取組んでいます。このホームページを通じて今後シリーズでご紹介し、お客様にも山科電気工事の「心」をお伝えできれば幸いです。 (山科隆雄)

第2話 綺麗な倉庫やな…

20年ばかり前、私の知人がベンダー(鉄パイプを曲げる工具)を使わせてほしい、と言って会社へ訪ねて来ました。なんでも、彼の所有する山小屋の装飾に、曲げたパイプを使いたいので、ということでした。二つ返事でどうぞと、彼を当社の倉庫、資機材庫へ案内し、そこでベンダーの使い方をコーチして、作業をしてもらいました。

小一時間程経ったでしょうか、作業を終えた彼が事務所へ入って来ました。「ありがとう。お蔭でうまいこと曲がったわ。ところで、綺麗な倉庫やな…。倉庫がこんな綺麗に整理されてたら、きっと工事の出来上がりも綺麗なんやろな。そう思ったわ。」と言ってくれました。ベンダーと場所を借りたお礼にお上手を言ってくれたのだと思っていました。ところが一年ほどして彼に会った時にその話になって、「いやー、本当にそう思ったよ。いいお客さんが多いわけや。」と言ってくれたのです。

その後、お取引を頂いているある工務店の社長さんからこんな話を聞きました。「最近、工事を引渡したお客様に、どうして当社を選んで頂きましたか?と尋ねたら、『工事をどこに頼もうかと思案している頃、よく工事現場の前を通りかかった。普通工事現場って乱雑なイメージだが、その現場を外から覗くといつも整理整頓がされて、道路も綺麗に掃除されていた。そうだこの工務店に頼もう、そう思ってお願いしたんだ。間違ってなかったよ』と言われたんや。私は嬉しくて、早速会社の朝礼でみんなに話したよ。」ということでした。いいお話を伺い、私は社員にいつも言っていることに裏付けを得たような思いでした。

人は目の前の仕事が忙しくなると、つい掃除や整理整頓を後回しにしがちです。当社でもそうです。先の工務店さんの例を話しながら、私は社員に率先して毎朝門掃きに励んでいます。それを見て社員達も自分の持ち場や割当てられた場所を綺麗にしてくれています。 (山科隆雄)

第3話 1灯から1棟へ、球替えのご依頼こそ喜んで

当社は社員数20名弱の小さな会社です。不思議なことに創業以来120年余、特に戦後はずーっとこの前後の社員数で経過して来ました。小さな会社は常に人の採用が厳しい状態に置かれています。ですから、世の中が好景気の時は当社もそれに伴って忙しくなる事は良いのですが、お客様のご要望に対応する人間が少ないという困った状況になります。

恥ずかしい事ですが、そんな一つの好景気の頃、幹部社員が部下に「小さな仕事は断れ」と間違った指導をしていた時期もありました。そんな背景もあってか、当社が初代のホームページを立ち上げようとしていた時に、「細かな仕事を頼まれて困らないか?断ってもいいですか?」と聞く社員もおりました。

私は朝礼や会議で繰り返し話をしました。「今当社の、ある大きなお得意様も、最初の仕事はとても小さな工事のご依頼だった。それを誠実にやらせて頂いて、次の仕事をまた試すように頂いた。そして信用ができ、60年を超える長いお取引になった事を思い出そう。」また、さる銀行の支店長さんから聞いた「いきなり大きな取引をした顧客は不思議と続かない。小さなご支援が長く続く方が嬉しいものです。」という言葉も伝えました。

そうこうしていると、電話帳で当社を見つけたと言われる方からの「細かいがちょっと見てほしい事がある」との電話に、「すぐ参ります」とある社員がその日の内に飛んで行ってご相談に乗った事がありました。それを喜んで頂き、次々とお仕事が入り出しました。その方は一部上場会社の京都工場の設備担当者でした。今も引続きお仕事を頂戴しています。

これからも「1灯から1棟へ、球替えのご依頼こそ喜んでさせて頂こう」と繰り返し教え、伝えてまいります。社員も心得ておりますが、もし違った行動をする社員がおりましたら、社長の私までご叱責賜れば幸いです。 (山科隆雄)

第4話 名工のナイフ

当社の倉庫には、最新の工具類に混じって、うんと昔の工具類がいくつか置かれています。スペースも利益を生む要素、資産はできるだけ持たずに借りるという今の経営の考え方からは、直ぐ処分すべきものかもしれません。しかし随分と使い込まれたそれらの工具類は、今の若い人達に多くの事を教えてくれているようで、なかなか処分できずにいるのです。

手前味噌ながら、当社にも名工と呼ぶにふさわしい電工が何人も居りました。私もそれらの人達から教えを受けましたが、彼らの電工ナイフはいつもグラインダーと砥石で丁寧に砥がれ、見事な光沢を放っていました。普通2.5㎝位あるナイフの幅が1.5㎝位になるまで使い込まれていたのを覚えています。その鋭さは、一見手を切ってしまわないかと心配する程でしたが、実は手入れの悪いナイフ程、よく怪我をするのです。名工達に共通していた事の一つは、道具を大切に扱い、手入れを怠らない事でした。

何でもスピード、能率第一の世の中になって、例えばこの電工ナイフもオルファといったカッター系のものも使われ、消耗品の感覚になっています。手入れの時間の方が高くつくという発想でしょう。また建築の世界の例では、そうですね…コーキング材の発達は、雨仕舞、水仕舞そのものを工夫する事を忘れさせ、その職人の腕前を退化させてしまっているかのようです。このように、人間は便利さを手に入れる一方で、大切な事をどんどん忘れ、無くして行っているように思えてなりません。スマホにも似た要素は有りませんか?

かのイチロー選手は、試合後も一番最後までロッカールームに残り、黙々とシューズの泥を落とし、クリームで磨き、次に備えたと言われます。私達も、昔の名工、職人達に学び、道具を大切に扱う心がお客様へ良い工事を提供することに繋がると信じて、これからも頑張って参りたいと思います。 (山科隆雄)

第5話 便利さの裏に落とし穴

伝承ノート第4話で、社長が「人間は便利さを手に入れる一方で、大切な事をどんどん忘れ、無くして行っているのでは…」と述べていますが、私も「便利さの裏には落とし穴が有る」と思っていて、その一つの例を若い人達に伝えておきたいと思います。

電線の接続に用いる「ワゴ」の発祥地はドイツです。ワゴ社が1974年に開発し、工具の使用を必要とせず作業効率が良くなるので、たちまち全世界に広まりました。これにより、日本では現在ほとんどの製品で、すなわち照明器具の電源接続部、配線器具(スイッチ・コンセント等)、電線同士の接続材等に、従来のビス止めから差し込み型(ワゴ)に代わって使用されています。

ワゴの特徴は、メリットとして、工具が要らず、手間が省けて作業効率が上がることですが、一方デメリットとして、安易にリード線を差し込んで確認を怠ると、接触面が少ない為接触不良を起こし、不点・発熱・発火の原因となりかねないことです。

そのため、必ず最終的にテスターにて測定し、電圧は正常か、点灯しているか等、チェックする事が必要です。それを怠ると、事故の発生につながる可能性も高くなります。また、念を入れたつもりでワゴの2度入れ(一度差し込んだものを抜いて又差し込む)をすると、逆に事故につながる可能性が高くなってしまいます。

若い皆さんには、省力化の工夫、作業効率の改善はとても大切なことですが、落とし穴がないか常にチェックしてもらいたいと思いますし、気付いたことは一緒に現場で仕事をする人たちや後輩にも伝えていって欲しいと願っています。 (竹内寿一)

第6話 まず確認

先日、古くからお世話になっているお得意様より「また今年も高圧受変電設備の点検業務と、停電点検に伴う必要最小限の設備機器への仮設電源供給工事をお願いします。」との工事依頼を頂きました。

点検業務は特に準備工事はありませんが、仮設電源供給工事については仮設発電機、仮設分電盤、ケーブルを準備して、停電当日までにケーブル配線、発電機設置、接続準備を整え、停電当日に発電機を運転し、仮設電源にて供給するという流れで作業を進めていました。

配線が完了、発電機も予定通り設置され、後はケーブルを接続して停電当日に備えようかという時でした。発電機が正常に運転するか、出力電圧はどうか、周波数は良いか、「確認」をしておこうと運転スイッチを入れた所、何の音も出さず発電機は停止したままというトラブルが発生したのです。

これは大変!と、色々調べた結果、車のエンジンと同様バッテリーが上がっており運転ができない事が判明、納入業者に直ちに連絡、即日対応してもらい事なきを得ました。発電機の設置日が祝日の谷間の平日であった事、停電日までに余裕が有った事等、色々な条件面での幸運にも恵まれました。

過去に何年も同じ作業を繰り返し行っていましたので、今回の様なトラブルは無い物と思っていました。今回のトラブルがもし停電当日に発生していたらと思うと、背筋が凍る思いでした。

「まず確認」それを実行した事によるトラブル防止。

常日頃より目で見、耳にしてきたある大手建設会社の安全スローガンがいかに重要な言葉であるのかを痛感した出来事でした。 「まず確認」 ご安全に!!   (佐々木成雄)

第7話 火の用心と戸締りは何べんやっても損はない

弊社の創業者、私の祖父である山科吉之助は明治元年(1868年)生まれ、当時の人としては珍しく夫婦ともに長寿でいずれも92歳まで生き、新聞に記事が載ったりした人でした。ただ長生きだっただけでなく、背中も曲がらずしゃんとしていて、亡くなる日の前日まで元気に門掃きをしていました。いわゆるピンピンコロリを実践した人でした。

タバコはやらなかったのですが、お酒は強く、エピソードには事欠きません。90歳の頃、80過ぎの友達の家で遅くまで飲んで泊めてもらい、翌朝早くにその友達の自転車の後ろに乗せてもらってご帰宅。その時はさすがにおばあさんにきつく叱られたようです。

明治の人ですからとても物を大切にしました。店の作業場で木切れ等に釘が残っているのを見つけると、バールで釘を抜き、金床(かなとこ)に押し当て、バールの背中で打ち付けては見事に真っ直ぐな釘に直し、それを私に見せては喜んでいました。

私が小学校へ入るか入らないかの頃の事だったと思います。祖父と私は81歳も年が違いました。少し遅い夕食が終わった時、祖父が「戸締りをしてくる」と立ち上がりました。戸締りはおじいちゃんの日課でした。あれ?おじいちゃん、さっき戸締りに行ったのに…。「おじいちゃん、さっき戸締り行ったよ!」と私が言うと、おじいちゃん、バツが悪かったか「いや、見忘れたとこが有るかもしれん。火の用心と戸締りは何べんやっても損はない。」と言って、また戸締りに立ったのです。

幼く、素直だった私は、この時祖父から聞いたこの言葉が忘れられず、自分の家庭を持ってからも、会社の経営を預かることになってからも、大切な標語にしています。

伝承ノートの第6話でベテラン社員の佐々木が書いていますが、「まず確認」に通じるいい標語だと私は実践に努めています。(山科隆雄)

第8話 顧客からの信用と愛顧を考える

当社が「京の老舗」企業に認定されてから早15年が経ちます。電気工事業界からは初受賞であり大変名誉なことです。そこで「老舗」とはどんな意味があるのか考えてみました。
一、先祖代々の業を守り継ぐ。
一、代々続いて繁盛する。
一、それによって得た顧客の信用と愛顧がある。
この3点だと思います。

「業を守り、繁盛する」ことは歴代社長の下、社員が一丸となって社業の電気工事一筋に取り組んできた結果です。私達の考えるべきは「顧客の信用と愛顧」だと思います。

電気工事の品質管理とは、「指示された方針、計画や標準通りに進んでいるか否かをチェックして、外れていればその原因と対策を考えて修正処置を取り、的確に実行してゆくこと」だと私は思っています。

このように「品質を重視する意識」を各人が強く持って工事を施工することにより、顧客に喜ばれる製品を提供でき、「信用と愛顧」が生まれるのですが、この事がこれからもずっと当社が取り組んでゆくべき課題だと私は考えています。

当社が2000年8月に、京都の電気工事業界では珍しかったISO9001の認証を取得し、以降努力を続けている事も、顧客の信用と愛顧を得る事への一つの手段と考えるからです。

「会社は世間からの預かりものである」とよく言われます。だから私達の仕事は、お客様の求めておられるものを提供する事、そのために勉強、努力すること、また働きやすい環境を作っていくこと、これに尽きると思います。

今後も「京の老舗」企業としての重みをしっかりと噛みしめ、進んでゆきましょう。
「創業115周年は、大きな資産です!」
(2008年創業115周年の時に 元専務取締役・品質管理責任者 中村日出夫)

第9話 必要のない避雷針工事

いつも当HPをご覧いただき有難うございます。その中で「ギャラリー」のメインメニューから「昔ばなし」のページへ入って頂けます。既にお読み頂いた方も多いことと思いますが、弊社が避雷針を製作し、京都御所や東寺の五重塔などに取り付けていたことを書いています。これらの文章の元は、弊社の100周年記念誌「道」に、3代目の山科吉三が記したものですが、彼は避雷針に関して、次のような思い出も語っています。

そう言えば、昭和58年頃一時的に、京都市内にも落雷が多発した時が有りました。その時、知人が私に避雷針の取り付けを依頼されたので、お話を聞いてみると、全く避雷針の必要がない高さ17~18mのビルで、付近には高いビルもあり、法的にも、私が実質上考えてみても「必要がありません」と伝えました。

それでも是非に、とのお話でしたが、新築中で工事も外装も9分通り完成していて、美観上からもこの段階では好ましくない工事でしたのでお断りすると、「それでも落雷が有ったら困る」「いや、落ちませんよ」「そんなら落雷がないと保証するか」、はじめは「いや保証は出来かねます」と言うと、「そんならやってくれ」の押し問答。無駄なことはやる気がしないので、とうとう「保証します」と言うと先方もやっと得心され、「あんたは固い。ほかの店なら二つ返事で引き受けるのになあ…さすが山科さんや!」とおだてられてしまいました。

それにしても、全く必要もないのに高額になる仕事はお客さんの為にもやる気がしないので、ついに「落雷は有りません」と保証したのでした。後日その方に二、三度お目にかかった時、その都度「雷落ちましたか」とひやかし半分で尋ねると、「いや…」と苦笑いされました。

(1993年10月発行の弊社100年誌「道」より 当時会長 山科吉三)

第10話 継続は力なり…児童公園の清掃活動

当社では2006(平成18)年から今日まで、会社近くの児童公園の清掃活動に継続して取組んでいます。これは環境への意識の高まりから、私達にもできる環境保護活動の一つとして、社員間で話し合い取り組むことになった活動です。月初の全社ミーテイングの始まる前の時間を活用し、全員で15分間のごみ拾いに取組んでいるものです。

片手にごみ袋、片手に火ばさみを持って拾って回るのですが、慣れてくると、あんなところに…、こんなところに…と次々と捨てられたごみが見つかります。袋一杯のごみをもって会社へ戻り、後始末をすると、なんだか自分の心の中が綺麗になった気がしてきます。

この頃では、ご近所や学区の皆さんから、「いつもご苦労さまです」「綺麗にしてもらって有難う」「永く続きますね」などと声をかけて頂くことが増えてきました。とても嬉しく思います。私達の仕事でも毎日現場を去る時には清掃をしますが、この心構えの形成にも役立っているのかもしれません。

「継続は力なり」とよく言われますが、先日このような事が有りました。それは、日本中に大寒波が襲来した時のことです。京都でも久し振りの大雪で、会社の前の道路も10cm位の積雪量となり、白銀の世界が出現しました。往来の人々や、自転車の人などが滑って転ばれたり、前の人の踏み後をそーっと辿って歩くなど、大変困っておられました。その時、当社の総務や若手社員達が自主的に工事用のスコップを持ち出し、人が安全に通れるように雪かきをし出しました。その間約1時間、自社の前だけで止まらず、両横のお宅の前まで作業を進めました。

17年近くに亘って取り組んでいる清掃活動が、社員達にこんな自主的な働きができる力を与えてくれているのだなと嬉しく思った次第です。

(山科隆雄)