第11話 吸う息の量と吐く息の量は同じ

私は35歳という若い時に社長を継ぐことになりました。右も左も分りません。そこで色々な人から学ぼうと思いました。そのことは間違いではなかったのですが…。

そんなある時、私の高校時代の同級生で、私より若くして会社を継いだS君と二人でお酒を飲む機会が有りました。彼の先代さんも相当厳しい人の様で、随分と苦労があった様でした。彼は色々な会に顔を出し、勉強を重ね、彼自身の経営観などを、自信満々に話をしてくれます。私はずっと彼の話を聞いていました。

と、彼が私に言いました。『さっきから山科はどうして喋らないの?聞いてばっかりなの?』。それに対し私は『“聞き上手”て言うやろ…それが良いかなと思って…』。

すると彼が語気を強めて言いました。『山科、人間の吸う息の量と、吐く息の量は同じやで!吐かんと吸えへんのと違うか!大きく吐くから、大きく吸えるのと違うか?自分の考えももっと出して、自分を知ってもらって、そうやないと、相手も喋らんのと違うか?』と。

私は目が覚めた思いでした。自分は“聞き上手”になろう思って聞くことに注力していたが、実は自分を相手に伝えられていなかったのでは、と思い知らされました。それ以来この友人の言葉を、ずっと大切にしています。

会社でも、今どきの優しい先輩は若い人達に次のように伝えています。『分らんことは放っておかず聞くように!』と。若い人の聞き方は二通りあるようです。多いのは『分りません。どうすればいいですか?』とストレート。吐く息の量が足りませんね。もう一つは『ここの所がどうにも分りません。こうしてみたけどやはりうまくいきません。そこで、こうやってみようと思うのですが…問題が有るでしょうか?』…とこちらは随分と吐く息の量が増えましたね。真の聞き上手は実は話し上手なのかもしれませんね。(山科隆雄)

第12話 「チームワーク」という言葉に潜む落とし穴

誰もが「チームワーク」の大切さを知っていますし、話します。私も中・高校生時代にバスケットボール部に所属していましたので「チームワーク」は無条件に大切なものと思っていました。電気工事、大きく括ると建設業でも重要な要素だと思います。

でも「チームワークを大切に」という姿勢の中には少し落とし穴もあるように思っています。例えばチームワークを乱さないように…と考えると、行動にブレーキがかかるかもしれません。これでは消極的なチームワークになってしまいます。ここの所自分はちょっと気合いが入らないな、ペースが上がらんな…と思っても、みんながチームワークで何とかやるだろう、迷惑を掛けん程度で行くか…、と考えてしまう弱い自分も時折顔を出します。

チームワークにはリーダーシップとフォローワーシップの両方が欠かせません。そしてフォローワーの立場の時は、私はその人の個性を磨き、そして十二分に発揮する事が大切だと思っています。例えばバスケットボールで言えば、ドリブルの得意な人、正確なパスが出せる人、シュートの精度が高い人、敵のファールを誘うのが得意な人、リバウンドボールに滅法強い人、終始全力で走り続ける体力を持った人、…それにまだまだ有りますね、ベンチにいても大きな声でチームを鼓舞できる人。これらの個性がそれぞれに尊重され、発揮された時、チームは最強になるのだと思います。

バスケ選手としては背の低かった、そしてバスケのセンスに乏しかった私は、隠れた練習でジャンプ力を身に付けました。そのおかげでコーチにセンスの悪さを叱られながらも、リバウンドには強いと認められ、レギュラーの位置を占めることが出来、チームの勝利にも貢献できるようになりました。

この話をするたびに、会社で大切にしている標語「私の向上により会社が発展し、会社の発展により私の幸せが得られる」を思い出します。 (山科隆雄)

第13話 「仕事は段取り八分 仕事二分」準備の手を抜くな!

「段取り八分 仕事二分」という言葉をよく聞くと思います。物事に取り掛かる前に、段取りを良く考えてから手を付ければ仕事は八割方、ほとんど済んだようなもの、という意味ですね。みんな準備の大切さを知っていますし、この言葉も知っていますが…実行となるとどうでしょう?私自身「段取り不足」を思い知らされることばかりです。

一つの現場や、一つの仕事で、後手後手の悪循環にはまる事がよくありますね。そうするとその遅れを取り戻すのにまた余分な時間がかかって、心ならずも夜遅くまで残業。頑張ったけど明日の段取りまで手がつかず、現場で口頭指示をしたり材料の補充に走り回ったり…。職人さんは仕事がスムーズにいかずに怒鳴り出し、何度も手を止めて指示を仰がれ、その間に進めるべき次の段取りに手が回らない。こんなイライラの悪循環を何度経験したことでしょう。これでは今求められている「働き方改革」など夢のような話ですね。

段取りが不足する原因は、決して経験不足や加齢だけではないと思います。「便利さ」がその大きな原因になっているのでは、と思うことが多くあります。携帯電話が普及し出した頃「社長、これ便利ですよ。現場へ行って材料が足らなかったら、材料店に現場から電話して持ってきてもらえるから」という社員がいました。私は「それはチョット違うのでは?1個を態々運んでもらうのは結局は高い買い物になるし、職人さんを待たせ、お客様にも迷惑を掛けているのでは?」と戒めました。近年方々にDIY店やプロショップが出来てきたのも、段取りの大切さを忘れさせている一つの要因かもしれません。

「段取り良く」仕事が進む爽快感を感じながら、予定通りに仕事が終わる。そして明日への英気を養いながらぐっすりと眠る。「段取り力」を身に付けること、実はこれが「働き方改革」への第一歩かもしれないと自戒するこの頃です。 (山科隆雄)

第14話 図面に無い仕事

第9話で「必要のない避雷針工事」のお話しを書きましたが、今回はその逆、頼まれてもいない工事を担当者の判断で施工したお話です。

京都市内のとあるビルの新築工事の竣工検査に立ち会った時の出来事でした。検査が佳境に入り、屋上へ移動、そこに設置したキュービクル(頑丈な鉄製の函体に収められた、高圧で受電した電力を低圧へ変圧し、各回路へ送る受変電設備の事で、電力会社ではなくお客様の費用負担で設ける)の検査の場面です。

検査官が「あれ、キュービクルの周囲のこのグレーチング足場は、設計事務所の設計図には描かれていない(おそらく厳しい予算から設計時に省略されたと思われる)けど、どうして設置してあるの?」との質問です。すると弊社の施工管理担当者が「自分の経験からも、お客様や保安技術者さんにとって、グレーチング足場が有るほうが点検時や緊急の対応時に安全に作業できると思ったものですから…」と説明し、「ダメだったでしょうか?」と不安げに聞き返しました。

検査官は「へーっ?!普通は図面で指示されていても、利益第一でどうやって省こうか、安いものに代えようか、と考える担当者や会社が多いのに、君は本当の技術者やね。社長さん、叱らんといてや。褒めてあげてや。」と言いました。当社の担当者はホッとして嬉しそうな顔をしました。

お客様に喜んで頂く良い電気工事を提供するのが私達の仕事で、利益はお客様がその満足に応じて与えて頂けるもの、との創業以来の考え方が、今もみんなに受け継がれているなと嬉しくなった竣工検査でした。 (山科隆雄)

第15話 メモを取る

私は若い頃、自分は記憶力が良くて、仕事上の事は大概の事はメモを取らなくても間違いなくこなせている、と思っていました。でもある時、社長から指示された事をたった一つですが忘れてしまって、こっぴどく叱られた事がありました。10の指示の内、9つが出来たのだから90点、とはならないのです。大概の事が出来ていても、一つ忘れていたら自分の職務は果たせていない、という事を教えられました。メモを取ることの大切さを初めて実感した時でした。

当社でも色々な会議やミーティングがあります。メモを取ることの大切さは新入社員教育で、何度も繰り返し教えている内容です。でも少しずつ慣れてくると、メモを取らなくなる社員がおります。全社ミーテイングの時、A君がメモを取らずずっと腕組みをして聞いていたので気になりました。そういえば、他の会議の時も彼はほとんどメモを取ってないことに気づきました。会議終了後にA君に聞いてみました。「僕は覚えています」なるほど今日私が話した事はスラスラと復唱出来ました。「じゃー、今年の初出の日に私が皆さんに伝えた事を言ってごらん」「そんな前の事覚えていませんよ」「だからメモをするんだよ。読み返せば思い出せるだろう。メモをするから安心して忘れてしまっても大丈夫なんだよ。」

人間叱られた事や腹の立つ事、悲しかった事はきっといつまでも覚えていることでしょう。でも日々刻々と変わる仕事の内容、とりわけ、ほとんど同じ仕事というものがない建設業の現場の特性、忙しさを考えれば、全てを覚えて間違いなくこなすという事は神業に近い事だと思うのです。

だから皆さんメモを取りましょう。そして間違いを防ぐため復唱しましょう。メモをしたら一旦忘れてもいいのです。覚えておかねばというプレッシャーからも解放されるのです。

但しメモを読み返すことは忘れないでね。 (山科隆雄)

第16話 お客様の一言 悔いの残る現場

京都の街中には古い町家が今も多く残っています。“ウナギの寝床”と称される間口の狭い、奥深い古い住宅を改修し、町家の魅力を活かした店舗に改装されるお客様も多くあります。

15年ほど前だったか、知人の紹介で請負わせて頂いた、そんな仕事の一つが完成し、お祝いも兼ねてお店を訪問しました。

古い梁や柱を活かして美しく生まれ変わった店舗はとても素敵で、電気工事もきちんと、美しく施工されており、担当させて頂いた喜びを感じました。施主様にお祝いを申し上げ、お話を暫くさせて頂きました。施主様には「とても誠実にいい工事をしていただきました」とお礼を言って頂いたのですが、ちょっと間を置いて、「一つ残念なことがあります」と仰るのです。それは、古い町家の場合、あえて露出配線にすることがありますが、この現場も設計図面通りVAケーブルの露出配線が施されていました。それを指さされました。見ると職人技が発揮され、真っ直ぐに、整然と配線されています。どこが…?と考えていますと、「VAケーブルには、普通の鼠色以外に、梁や柱の木材の色に合う茶色い被服の線も有ったんですね…」と残念そうに呟かれました。それで合点がいきました。

当社の担当者は若い社員でした。帰社後、良い工事が出来ていたことは褒めた後、この件を聞いてみると「茶色のケーブルの事は知っていますが、厳しい予算の現場だったので、迷いましたが通常のケーブルを使用しました」と言いました。「そうやったんか…。でも迷ったんやったら、先輩か上司にちょっと相談したら良かったね。」

この点以外はとてもよく出来た工事だったのに、担当した若手社員にとっても、私にとっても悔いの残る現場となりました。(山科隆雄)

第17話 プラスアルファの行動が心を打つ

近年、年賀状をやめられる方が増えて、正月の楽しみが少し減ってきた感じがします。そんな私なので、正月の郵便配達は待ち遠しいものの一つです。

今年の正月4日の朝、表に出ていると、丁度郵便配達のバイクがやって来ました。我が家のポストに入れて、次の家へ回ろうとされた時、私は『郵便屋さんご苦労様、有難う』と声を掛けました。するとその配達員さんは、バイクを止め、わざわざ降りてきて『ありがとうございます。今年もよろしくお願いします。』と丁寧な挨拶をされました。私も『こちらこそ、今年もお世話になります。どうぞよろしく』と答えました。

忙しく配達をしている配達員さん、普通なら、走りながらの会釈や『ハーイ』という返事でも、ちょっと止まってバイクに跨ったままの格好での挨拶でも、その反応を嬉しく思うところです。が、わざわざバイクを止めて、降りてきて挨拶をされた、そのプラスアルファの行動が大きく私の心を打ったのでした。

そういえば、私どものお客様の工場の、さる工務課の方の事を思い出しました。ある日その工場の現場を見に行き、歩いていた時、その方は自転車に乗って構内を移動しておられたのですが、少し離れた所から私を見つけられ、方向を変えて私の方へ寄ってこられました。そして自転車を降りて『いつもありがとう!』と言って下さったのです。

この方には当社の歴代社員がとてもお世話になっている上に、いつもよくして頂いていることを聞いていました。その日、この方の魅力を直接知りました。この方に頼まれた仕事はきっと誰も嫌とは言わないだろうな、と思った事でした。(山科隆雄)